駒沢スケートパークの閉鎖から感じる表と裏の大きな相違

駒沢スケートパークの閉鎖が大きな衝撃を与えている2025年現在。

これが永遠に閉鎖なのか、それとも一時的なものなのかは定かではない。

しかし、いずれにせよ、このような形になってしまったのは非常に残念な結果だ。

オリンピックで脚光を浴び、テレビでもスケーターを見る機会が増えた昨今。しかし、その一方で「スケートボードはカルチャーなのか?」という問題をめぐり、意見が分かれているのも事実だ。

パークスケーターもいれば、ストリートスケーターもいる。マナーを守ろうとするスケーターもいれば、そもそもスケートボードとは自由に好きな場所で滑るものだと考えるスケーターもいる。

今回は「マナーを守ろう」と言われていた一方で、実際には守れないスケーターがいたという現実がある。

ルールを守らないのは悪い。しかし、「ルールを守ることこそがスケーターなのか?」と問われると、それもまた疑問だ。

当然、ルールやマナーを守りながらパークを維持しようとしたスケーターにとっては、迷惑な話であることは間違いない。

スケートボードと社会は、昔から反比例する存在だった。オリンピックの影響で、その溝は多少埋められたかもしれない。しかし、それは本当に紙一枚分ほどの変化なのかもしれない。

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